昭和35年10月1日
厚岸町御供51ほか
お供山チャシ跡群は、湖南地区にあるお供山にアイヌの人達が造った4つのチャシ跡を包含する遺跡で、近世アイヌ期(17~18世紀頃)のものです。チャシとは、アイヌ語で、砦・城・柵囲いなどを意味し、崖を利用した面崖式、側面に突き出した丘の先端を利用した丘先式、小高い丘を利用した丘頂式の3つの型式に分けられ、海か湖を見渡せる見晴らしの良い所に造られています。
北側に位置する「鹿落しのチャシ跡」は、面崖式でコの字状の深い壕が掘られています。東側にある「逆水松チャシ跡」と「奔渡町裏山チャシ跡」は、丘先式で壕が楕円形に掘られており、西側の「松葉町裏山チャシ跡」は、お供え餅のような外観で山側に弧状の壕をめぐらせてあります。
これらのチャシ跡群は、同じ時代に関連をもって機能していたと考えられていて、道内でも非常に珍しいものです。